今年も残り1ヶ月程度になった。毎年年末が近づくと今年の全てを取り戻すかのように暮らしを良くしたくなる。掃除をこまめにしたり、断捨離をしたり、新しいものを取り入れようとしたり。時期に限らず、思いついたうちからすぐやっておけばいいのに。 その一環で、ずっとどうにかしたかったクレジットカードやポイントカード、キャッシュレス決済の整理をした。全く使っていなかったプリペイド、クレジットをいくつか解約・処分し、なぜか4枚も持っていたPASMOとSuicaは物理カードを返却してiPhoneに入れた。ポイントカード類はアプリがあるものはアプリを入れ、それ以外は「Stocard」というアプリにまとめた。
ずっと「kyash」というカードが気になっていたので、これも発行手続きをした。エンボスレスの券面で、通常表に載っているクレジットカード番号は裏面にあるため、情報量の少ない、非常にシンプルなカードだ。普段の持ち歩き用にして、デビットカード的に使いたいと思っている。3dセキュアに対応したとはいえ、まだまだこの手の決済はセキュリティに不安がある。万が一、不正利用されてもダメージが少ないようにうまく使っていくつもりだ。
最近は日照時間が減ってきたからかどうも気分が落ち込んでいる。冬間近とは思えない暖かさではあるが、10月に比べたらずいぶん寒くなった。肌も髪も乾燥でパサパサだ。食事を満足に摂る気がないこともあって、色んなバランスが崩れているのを感じている。在宅勤務が始まって自宅で食事することが多くなり、つくづく自分は料理が嫌い・苦手だし、食事を面倒だと思っているんだな、と改めて思った。用意されれば食べるけれど、そうじゃないなら無くてもいい。
昨日から、ずっと読みたいと思っていたアガサ・クリスティーの「暗い抱擁」を読んでいる。夏に1万円分まとめて本を買った際に購入済みだったのに、すっかり忘れていた。アガサ・クリスティーは「春にして君を離れ」「そして誰もいなくなった」「アクロイド殺し」くらいしか読んでいないが、どれも好みだった。ミステリーはもちろん謎解きが面白いが、「春にして君を離れ」や「暗い抱擁」の他者性の無さを描いている作品は己に突き刺さってくるので好きだ。「他者性」をもっと知りたいと思う。この歳になって何を、という気もするけれど、自分はずっと他者性を無視して生きてきたなと思うから。自分にとって、一つの自己防衛だったのだと思う。けれど今はそんな必要もないのに、いまだに小さい頃からそのままでいる。 「暗い抱擁」を読み進めるにつれて、グザヴィエ・ドランの映画「たかが世界の終わり」も「他者性の剥奪」を描いていたなと思った。あの映画を見た直後はそのように言語化できなかったけれど、ルイの家族はルイの他者性を認めていない。それによって、今後も「このままの日々」を続けようとしている映画だ。ルイの家族たちにとって他者性の剥奪は、一方で自己防衛でもあって、だからといって正しいわけではない。
2012年モデルという化石のようなMacbook Proの充電器が限界のようだ。コンセントに挿していると、パチパチという電気が弾けるような、鳴ってはいけない音がする。本体の性能自体も限界といえば限界で、Adobeのアプリがまだ動くので使っている。最近発売されたM1チップのMacbookがかなり評判がいいようだから、これのiMacが発売したら買い替えたい。噂の域ではあるが、次のiMacはベゼルレスで24インチと30インチの画面サイズになるのでは、と言われているので、小さいサイズもそれなりに広そうだ。